谷中に行ったら、「朝倉文夫彫塑館」は立ち寄ってほしい!

台東区にある「朝倉文夫彫塑館」

 

「東洋のロダン」と言われた彫刻家”朝倉文夫”の自宅兼アトリエ朝倉文夫彫塑館

 

JP日暮里駅から歩いてすぐで、住所でいうと台東区谷中になります。”谷根千”と言ったら分かるかと思いますが、東京の下町に朝倉文夫さんの自宅&アトリエが建っています。

朝倉文夫と言えば、重要文化財でお馴染み「墓守」の製作者で、上野や浅草など様々な場所にも作品が立っています。普段生活していて、もしかしたら目にしているかもしれないですね。

そんな日本を代表するの彫刻家でもある”朝倉文夫”です。ぜひ、谷中に行った際は、「朝倉彫塑館」に立ち寄ってほしいと思います。

 

 

「朝倉文夫彫塑館」はどんな場所??

台東区にある「朝倉文夫彫塑館」

これまで何度か遊びに来ていますが、いつ来ても本当に落ち着きます。

やっぱり自宅だからなのか?美術館に立ち寄るというより、家を訪問しにいくという感じでしょうか。それでいて作品も鑑賞できるわけですから、まさに一石二鳥ですね。

 

ところで、今回なぜ「朝倉彫塑館」の話をするかというと、実は2023年は朝倉文夫生誕140年だから。せっかくなので、ちょっとレビューも兼ね朝倉文夫について話そうと思ったわけです。もちろん「彫塑館」では、「生誕140周年」の特別展も開催しています。とは言っても、普段自宅兼アトリエと作品の展示という感じなので、”特段豪華か?”と言われると違いますが。でもいつ行っても落ち着ける雰囲気は、なかなか他では味わえないでしょうね。しかも作品も鑑賞できるわけですから。そんなわけで、個人的におススメだったりします。

 

生誕140年「アトリエの朝倉文夫」展

・会期:2023年1月21(土)日~5月28日(日)
・時間:9:30~16:30(入館は閉館30分前まで)
・休館日:月曜・木曜(祝休日は開館)、5月9日
・入館料:一般500(20名以上団体300円)、小中高250円(団体150円)

 

住所は東京都台東区谷中7丁目18-10

一番近い駅で言えばJR日暮里駅になると思います。とはいえ、この場所は上野からも歩いて行けますし、行き方はその時のプラン次第って感じだと思います。”谷根千”散歩次いでに行くのも良いし、上野で美術鑑賞した次いでもイイと思います。

そこまで大きな建物でもないので、メインの場所というにもあっという間かもしれない。それでもリーズナブルな入館料と素敵な庭園を味わえる。それに、意外と知られていないのか?ゆっくり出来るのもイイですね!私的に言えば、行かないなんてもったいない!わけです。

 

 

「朝倉文夫彫塑館」は何が良いの!?

何が見所!?

自宅兼アトリエですから、生活感が味わえるのが一番の醍醐味!私的には回”朝倉宅へ遊びに行く!”感覚です。そんなわけで、撮影不可な場所が多いというのもあるようです。別に撮影が出来ないといっても、目的は生活感を味わいながら、ゆっくりくつろぐのが目的でもあるわけで、個人的にはあまり重要ではない。ただ「彫塑館」の魅力を伝える上では、ちょっとネックだったりしますが…。

 

1階の朝倉文夫の彫刻は圧巻!

「朝倉文夫彫塑館」のチラシ

今では上野や浅草など、あちこちで朝倉文夫の作品を観る事ができます。意外と普段通っている場所に、もしかしたら彫刻が立っているかもしれない。それだけ彫刻作品が街並みに溶け込んでいるって事なんでしょうか。

「彫塑館」を入ってすぐの部屋では、ずら~と並んだ彫刻作品を見る事ができます。これは本当に圧巻!普段1体1体を見る事はあっても、なかなか数体同時に見るなんてない。岡本太郎の様に目を惹くようなド派手さというか、インパクトはないかもしれないけど、作品としての存在感はしっかりとあって。実際に目線の高さで作品を観ると、まるで今にも動き出しそうな…、そんなリアルな存在感は見物ですね!

特に女性の裸体像などは本当に今にも動き出しそうです。朝倉文夫の女性像は細部まで細かく作り込まれているというか、繊細な仕事ぶりが見て取れる。ここまでリアルで写実的だと、見ている方がちょっと照れてしまうほどです。

裸体像だからなおさらですね。^^

 

下町風俗資料館の脇にある「生誕」朝倉文夫 下町風俗資料館の脇にある「生誕」朝倉文夫
※上野にある下町風俗資料館には、朝倉文夫の「生誕」の像が立っています。

対照的に男性像の場合は結構荒々しさがある。男性的な雰囲気を表現したかったからなのか?こういった所に、朝倉文夫のこだわりが表れている感じがします。この男女の彫刻の違いは、ぜひ見ないと分からない部分だと思います。

 

2、私も憧れる様な、素敵な書斎に魅了!

個人的にそれなりの年齢になったら、書斎を作りたいな~という願望があるわけですが、そんな私が憧れる様な書斎も必見!!

中国?の書だったり、日本の書籍がズラ~とあって、それらが高くそびえたつ本棚に綺麗に並べられている。どれも高そうで、これら全部を買い占めたら、いくらするのかな~と思ってしまいますね。さすがに興味のなさそうな本も多数ある感じですが、本棚に並べて置くだけでもイイ。お洒落な感じがすると思います。実際に朝倉は美術学校で指導していたのも理由だろうけど、勉強熱心というか研究熱心というか、こういった側面が見れるのも自宅を兼ねているからでしょうね。というか、この彫塑館自体が学校としても使われていたのも理由でしょうか。この場所で多くの生徒に教えていたそうです。

とにかく、美術館では味わえない朝倉文夫の違った面が見れるのはイイですね!自宅兼アトリエの醍醐味!!

 

3、外観からは分からない!?中庭の庭園は必見!

台東区にある「朝倉文夫彫塑館」

「朝倉彫塑館」外観からは、建物内に庭園があるようには見えないと思います。

というか、まさか館内が和風の雰囲気の部屋がある事自体想像できないでしょう。館内に入ると、外とは全く違う世界が広がっています。元々自宅だったというのも、大きなポイント!池と大岩の融合した庭園五典の池」は、ふと東京に居る事を忘れさせてくれる。まさに”オアシス”的な場所です。それに庭園を囲うような配置で部屋も造られているので、様々な角度から庭園を見る事が出来る。彫刻家である朝倉文夫だけに、立体的に物事を見る!この考えも自宅にも表れているそうです。

とにかく、部屋を回りながら中庭をゆっくりと観る。この一時はそこらでは味わえない時間ですね。

 

JR上野駅構内にある「翼」の像、朝倉文夫
※JR上野駅構内には、朝倉文夫の「翼」の像が立っています。待ち合わせの場所としてもよく使われます。

 

て、ここで朝倉文夫という人物について、簡単ですが説明したいと思います。

朝倉文夫(あさくらふみお)

1883~1964年に生きた彫刻家(もしくは彫塑家)。

大分県竹田に生れる。彫刻家の兄”渡辺長男”の影響もあり、彫刻家を目指すようになる。1903年(明治36年)東京美術学校彫刻科へ入学、そして1907年卒業するまでに、1,200体以上の作品を制作していたと言います。卒業後は毎年の様に「文展」に作品を出展。第2回文展では『闇』、第4回では『墓守』、第7回は『含羞(がんしゅう)』、第8回は『いづみ』を出展し2等を受賞する。

その後視察のため、シンガポールやボルネオ、ブルネイなどに滞在。1916年(大正5年)の第10回文展では34歳という若さで審査員に抜擢される。1924年(大正13年)帝国美術院会員に。1935年(昭和10年)自宅兼アトリエの「朝倉彫塑館」で彫塑塾を始め、本格的に後進の育成を開始する。

1944年(昭和19年)帝室技芸員に、1948年(昭和23年)に彫刻家としては初となる文化勲章を受章。

1964年(昭和39年)、81歳で死去。

※彫刻と彫塑は意味合いが違うんですが、ここではひとくくりで彫刻で統一しています。

 

「彫塑館」に言えば分かりますが、館内には”猫”の像が多い事に気が付くと思います。朝倉文夫は猫をこよなく愛していたのは有名な話。自宅に猫を飼っていたし、実際に多くの作品を制作しています。you tubeでも猫の彫刻作品を観る事ができるので、↑こちらも参考に!!

 

最近は朝倉文夫という彫刻家を知らない人もいる様です。でも普段の生活で間違いなく接点はあるはず!あちこちに彫刻作品を見かける機会はあるわけですから。朝倉文夫の作品は、インパクトよりも街中に溶け込むような作風が多いので、意外と見過ごしている事が多いかもしれないですね。

でも「東洋のロダン」と言われる彫刻家でもあるわけだから、谷中に行った際はぜひ立ち寄ってほしいと思います。

 

 

 
 

※ここで扱っているイラストや作品画像はpublic domainなど掲載可能な素材を使用しています。

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