アートミステリー「リボルバー」のさらなる愉しみ方!

浜田マハさんの小説「リボルバー」

 

アートミステリ小説のさらなる愉しみ方!!

 

今回も絵画好きの私がおススメする
アートミステリーの愉しみ方について話していこうと思います。

前回は原田マハさんの「リボルバー」の愉しみ方や、
そして小説中で登場する作品をいくつか挙げてみました。

でもまだまだ愉しみ方はありますよ!!

 

今回も小説の真相には触れずに、
でも登場してくる絵画などは挙げながら話していこうと思います。

 

 

アートミステリーのさらなる愉しみ方!①

絵具の盛りと筆の跡

この「リボルバー」は小説ではあるものの、
ゴッホの生い立ちなど経緯は実際の話を基にしています。

そんなわけで読み進めていくと、
自然とゴッホやゴーギャンという画家の事が分かってきます。

知っている人からすると、
そんなの分かっているよ!”と思うでしょうけど、
だからこそ絵画初心者の人でも十分楽しめる内容になっていると思うのです。

 

まずさらなる愉しみ方その1は、
読み進めると画家の事が分かってくる!です。

基本的にアートミステリー小説は、
その画家の生い立ちや生き様は事実を基にしている事が多いです。
読んでいくと自然と画家についての知識が身についていくわけですね!

 

 

アートミステリーのさらなる愉しみ方!②

絵具の盛りと筆の跡

前回ゴーギャンの”ひまわり”についてちょこっと触れましたが、
やっぱり”ひまわり”と言えばゴッホですよね!?

もちろん今回の「リボルバー」でも、
ゴッホの”ひまわり”は一つの重要なポイントになっています。

ちなみに小説中ではこんな風に登場してきます。

黄色い背景
黄色いテーブル
黄色い壺

そして黄色い花々

ゴッホは”ひまわり”を複数枚描いたのは知られています。
上のヒントからどのひまわりか分かりますか??

 

・・・

「ひまわり」(1888年)フィンセント・ファン・ゴッホ

「ひまわり」(1888年)フィンセント・ファン・ゴッホ

ほぼ黄色一色で書かれている黄金色の「ひまわり」
ロンドン・ナショナルギャラリーにある4番目のひまわりでしょうね。

SOMPO美術館にある5番目のひまわりかな?とも思いますが、
画像上で判断する限り黄金色が強いのはロンドンのもの!

本当であれば実物を観て判断したいものだけれど…
でもやっぱり観たくなってきますよね~。

・・・

つまりさらなる愉しみ方その2は、
最終的には本物を観たくなる!です。

小説中で気になった作品名があったら、
調べて確認したくなる。

そして画像や写真でその作品を確認したら、
やっぱり最終的な欲望としては本物を観たくなる!のです。

さすがにロンドンの「ひまわり」は観に行くのは難しいですが、
でもSOMPO美術館であれば日本の新宿にあります。
住んでいる場所によっては比較的手軽に行けるかと思います。

そういえば小説「リボルバー」では
ひまわりについて”オモシロイ例え”が出てきました。

ぜひ小説を読み終えた後に美術館に行って
その絵が”実際にどう見えるのか??”を感じてみるのもイイと思います。^^

 

ここでCheck!
ゴッホの「ひまわり」を観る際のポイント!!

以前SOMPO美術館でゴッホの「ひまわり」を観た事がありますが、
やっぱりゴッホは実際に間近で観るに限ると思っています。

ゴッホの絵は厚塗りの技法が特徴的で、
もちろんこの「ひまわり」も例外ではありません。

絵具の盛り具合で表現された花びらの様子。
この盛り具合で明かりの影が出来るんでしょうね。
それによって絵に独特な表情が生まれてくるのです!

まさに生きた絵画という感じでしょうか!

そんなわけで観る際のポイントは”厚塗り”です!

近くに寄ってじっくりと筆触を観察する!
(この盛り上がった絵具の立体感や筆の跡は必見ですよ!!)

そして少し離れてから絵全体を眺める!!

ゴッホの作品は距離の違いで楽しめるのです。

おそらく当時ではこういった技法の画家はいなかったでしょうし、
そう思うと当時のゴッホは時代を先走りしていたんでしょうね。

 

さてここから小説「リボルバー」で登場するゴッホの作品を挙げてみたいと思います。

「アルルの女(ジヌー夫人)」(1888年)フィンセント・ファン・ゴッホ

「アルルの女(ジヌー夫人)」(1888年)フィンセント・ファン・ゴッホ

フィンセント・ファン・ゴッホアルルの女(ジヌー夫人)(1888年)
・93×74cm、カンヴァスに油彩、オルセー美術館所蔵

実はこの「アルルの女」は2バージョンあるとされています。

この上のはオルセー美術館所蔵のもので、
もう1点はメトロポリタン美術館にあります。

 

「アルルのダンスホール」(1888年)フィンセント・ファン・ゴッホ

「アルルのダンスホール」(1888年)フィンセント・ファン・ゴッホ

フィンセント・ファン・ゴッホアルルのダンスホール(1888年)
・カンヴァスに油彩、65×81cm、オルセー美術館所蔵

 

「ファン・ゴッホの寝室」(1889年)フィンセント・ファン・ゴッホ

「ファン・ゴッホの寝室」(1889年)フィンセント・ファン・ゴッホ

フィンセント・ファン・ゴッホファン・ゴッホの寝室(1889年)
・カンヴァスに油彩、57.5×74cm、オルセー美術館所蔵

これはアルルの黄色い家の”ファン・ゴッホの部屋”を描いたもの。
小説中では「アルルの部屋」という名で登場します。

ゴッホは同名で3枚の絵を描いていますが、
これはオルセー美術館所蔵のものです。

この「アルルの女」、「アルルのダンスホール」、
そして「アルルの部屋」は途中3点連続で登場してきます。

もし見かけたらこの絵を思い返してみて下さい。

 

「オーヴェルの教会」(1890年)フィンセント・ファン・ゴッホ

「オーヴェルの教会」(1890年)フィンセント・ファン・ゴッホ

フィンセント・ファン・ゴッホオーヴェルの教会(1890年)
・カンヴァスに油彩、74×94cm、オルセー美術館所蔵

ゴッホは晩年”オーヴェル=シュル=オワーズ”という街に居ました。
そこでラヴー亭という宿に住んでいたのですが、
その宿の近くにある教会を描いた作品。

もちろん今でもこの教会はそのまま残っているそうです。

この絵は小説中でも頻繁に挙がってきます。
もちろんゴッホの晩年の作品でもあるので、要チェックですね!

 

さてゴッホは銃で亡くなったというのは有名な話ですが、
(正確には銃で怪我を負って、それがもとで亡くなったわけですが…)

その後のゴッホのお葬式などについては、
あまり知られていない様です。

小説中で”へ~そうだったのか~”と思う場面があって、
それがゴッホのお葬式についての場面だったのです。

 

ゴッホが亡くなったのは、
”オーヴェール=シュル=オワーズ”にあるラヴー亭の3階。
(1890年の7月29日にゴッホが亡くなりました。)

つまり当時ゴッホが宿泊していた宿の一室。

 

となればこの教会で行われたと思いますよね!?
でも実はここでお葬式は行われていないのです。

 

ではどこで行われたのか??

実際に調べて見ると分かる事ですが、
ゴッホの住んでいたラヴー亭の2階だったというのです。

 

ではなぜこの教会でゴッホのお葬式が行われなかったのか?

オーヴェルの教会で葬式が出来なかった理由は、
それはゴッホが自殺による死だったからだそうです。

キリスト教では自殺は重大な罪として考えられていて、
そのため葬儀が行われなかったと言われています。
(ただ現在では教会によって行う場合もあるそうで一概には言えない様です。)

 

「医師ガシェの肖像」(1890年)フィンセント・ファン・ゴッホ

「医師ガシェの肖像」(1890年)フィンセント・ファン・ゴッホ

フィンセント・ファン・ゴッホ医師ガシェの肖像(1890年)
・カンヴァスに油彩、67×56cm

これは医者”ポール・ガシェ”の肖像画。
ゴッホの告別式に参列した人物の一人です。

ガシェはオーヴェルに住む精神科医で、
ゴッホの亡くなった時に立ち会った人物の一人でした。

 

実はゴッホのお葬式についてこんな興味深いエピソードが!

兄のゴッホは生きている間に個展を開きたい!
その夢があったけれど結局叶えられずにこの世を去ります。

弟のテオはそんな兄の夢を叶えるためこの様な演出をします。

棺の周りや壁にゴッホの絵を飾る事にしたのです。

どんな絵が飾られたかは分かりませんが、
ゴッホの描き留めた作品のいっさいとあるので、
おそらくかなりの数が飾られたのでは?と思います。

ドービニーの庭」、「医師ガシェの肖像
それから先ほど挙げた「オーヴェルの教会」など
オーヴェール=シュル=オワーズで描いた作品がメインなのかな?と思います。

 

そしてテオはその作品のほとんどを
参列した兄の友人や知人に手渡したと言うのです。

 

「ドービニーの庭」(1890年7月)フィンセント・ファン・ゴッホ

「ドービニーの庭」(1890年7月)フィンセント・ファン・ゴッホ

フィンセント・ファン・ゴッホドービニーの庭(1890年7月)
・カンヴァスに油彩、56×101cm、バーゼル市立美術館所蔵

これはゴッホが滞在していたラヴー亭の近くにあるドービニーの庭の様子を描いたもの。

ドービニー(シャルル=フランソワ・ドービニー)はフランスの画家で、
ゴッホがこの絵を描いたとされる1890年時点にはすでに亡くなっていています。

絵の中央奥にはドービニーの未亡人となった夫人が描かれています。

 

「ドービニーの庭」(1890年7月)フィンセント・ファン・ゴッホ

「ドービニーの庭」(1890年7月)フィンセント・ファン・ゴッホ

・カンヴァスに油彩、53×103cm、ひろしま美術館所蔵

これもドービニーの庭で同じく7月に描かれたもの。
おそらくこの絵も告別式に飾られた作品だと思います。

 

当時のゴッホの評価は今ほど高くなかったのは周知の事。
でも今の感覚で言うと、ゴッホの絵を参列者に配るって…

信じられない暴挙にしか思えないわけです。

もし私が当時のその場にいたら、
間違いなく受け取っていたでしょうが…

 

「烏(カラス)のいる麦畑」(1890年)フィンセント・ファン・ゴッホ

「烏(カラス)のいる麦畑」(1890年)フィンセント・ファン・ゴッホ

フィンセント・ファン・ゴッホのいる麦畑(1890年)

ちなみにゴッホはこの地オーヴェールで約77枚の作品を描いたと言います。

ゴッホはこの地へ着いたのが5月20日の事。
そして亡くなったのが7月29日なので計算すると…
ゴッホは1日1枚を描いた事になるんですよね。

この制作ペースは本当に凄くて、
油絵は乾く時間もかかるため制作にはそれなりの時間を要するといいます。

そう考えるとゴッホはほぼ絵を描くだけの生活だったのが分かると思います。

 

ただゴッホのこの頃の作品は
一時のゴッホの激しいうねりの様な描き方が穏やかになっているので、
このオーヴェールに居た頃の2か月半は
比較的ゴッホにとっては穏やか時だったのかもしれませんね。

 

ここで挙げた作品は実はほんの一部分で、
さすがに登場する作品名をすべて挙げようとするとキリがない。

というか、
一体何点の絵画が登場してくるのだろう??

 

ゴッホとゴーギャンの知られざる関係とゴッホの死の真相!
この小説の最大の見所だろうとは思うのですが、
私的に見所はこれだけじゃない!と思います。

 

本を読む
この原田マハさんの「リボルバー」には様々な作品名が登場してきます。

前回でも話した様に
その1つ1つの作品を調べるのもオモシロイと思います。

さらには小説を読み進めると
ゴッホやゴーギャンの事も分かってくるので、
そうなったら”実際に本物を見たい!!”って思ってしまうんですよね。

こんな風にすべてが繋がっているのがタマラナイですね。
これもアートミステリーの最大の醍醐味でもあると思うのです!

 

ただ…

こうも寄り道の連続だと
なかなか小説が読み進められなくなってしまうのが難点ですが…。

でもコレが超楽しいんですけどね~。^^

 

※ここで扱っているイラストや作品画像はpublic domainなど掲載可能な素材を使用しています。

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