「ロイヤル・アカデミー展」でのコンスタブルとターナー

ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ

 

ジョン・コンスタブル”と”ウィリアム・ターナー

共にほぼ同時期に生まれたイギリスを代表する風景画家だけど、
でも画家人生においては対照的で比べられる事も多い両者。

 

早くして才能が開花し評価され、
若くしてアカデミーの正会員に選出されたウィリアム・ターナー。

対してコンスタブルは正会員になったのが50代。
遅咲きとは言われながら
でも最終的にはターナーと同じ土俵で作品を展示しています。

 

それは1832年に開催された「ロイヤル・アカデミー展」で、
この時両者の作品が隣り合わせて展示されるという出来事が待っていたのです。

 

「テート美術館所蔵 コンスタブル展」…三菱一号館美術館にて
三菱一号館美術館で開催した「コンスタブル展」では、
特に目玉として展示されていた2作品ですが、
実にこんな興味深いエピソードもあったのです。

 

「ウォータールー橋の開通式(ホワイトホールの階段、1817年6月18日)」(1832年)ジョン・コンスタブル

「ウォータールー橋の開通式(ホワイトホールの階段、1817年6月18日)」(1832年)ジョン・コンスタブル

ジョン・コンスタブル作
・1832年発表、カンヴァスに油彩、130.8×218cm

これは1817年6月に行われた”ウォータールー橋の開通式”の様子を描いた作品。

もちろんコンスタンブル自身もこの様子を見ていたそうで、
それは残っている数点のデッサンから分かっています。

そして発表されたのが1832年。
実に15年という歳月がかかっています。

作品の大きさ的にもコンスタブルの中でも特に大きく、
そして細部まで描かれた群衆や式典の様子の数々…

橋では祝砲が上がっていたり、あちこちでは式典を眺めている群衆。
式典の華やかさや賑わいが感じられる作品だと思います。

 

絵を見て感動!
何よりもコンスタブルの作品としては、
特に派手で賑やかに描かれているのが特徴だと思います。

1829年にロイヤル・アカデミーの正会員になったコンスタブルにとって、
この作品からは並々ならぬ意気込みが感じられると思いませんか?

 

そしてこのコンスタブルの隣に展示される事になったのが、
得意の”海”の絵を描いたウィリアム・ターナーのこの作品!

「ヘレヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号」(1832年)J・M・ウィリアム・ターナー

「ヘレヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号」(1832年)J・M・ウィリアム・ターナー

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー作
・1832年、カンヴァスに油彩、91.4×122cm

これは”ユトレヒトシティ”と呼ばれる64門の大砲を備えた軍艦が、
ヘレヴーツリュイスの港から出航する様子を描いています。

海の絵を得意としていたウィリアム・ターナーにとって
もちろんこの作品は自信作として出品したと思いますが…

 

 

ここでCheck!
ここでターナーのこんなエピソード!!

コンスタブルの作品の隣に飾られる事になったターナーの海の作品。
でもコンスタブルは一般公開の前に作品にこんな手を加えたのです。

闘争心剝き出しな事でも知られていたターナーですが、
自身の作品と比べるとサイズ感や華やかさに欠けると思ったのか!?…

ターナーはヴァーニシング・デイ
”最終仕上げの日”の期間に赤い塊ブイ”を描き足したのです。

これに対してコンスタブルは
ターナーがここにやってきて、銃をぶっ放していった”と語ったと言います。

 

※”ヴァーニシング・デイって何!?

画家たちはロイヤル・アカデミー展で自分たちの作品が展示された後に、
ヴァーニシング・デイ”と呼ばれる最後の手入れをする事が許されていました。
※finishing touchとも言います。

 

考え…・思い…
このエピソードから
ターナーの性格を読み取ってみるのも面白いと思います。

ターナーの性格については不明な点もありますが、
対抗意識が非常に強かった事はよく知られています。

おそらく負けず嫌いで心配性だったのでは?と思ったりするのです。

早くして名声を手に入れたターナーだったけれど、
実は意外と小心者だったのかもしれないですね。

 

ここでCheck!
”ロイヤル・アカデミー”って何!?

今回ロイヤル・アカデミー展の名が出てきましたが、
ここではどんなものなのかを説明したいと思います。

ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ
ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツRoyal Academy of Arts

1768年に国王ジョージ3世の後援により設立された機関。

初代会長はジョシュア・レイノルズ卿で、
現在建物の中庭にはこのレイノルズ卿の銅像が建っています。

画家や彫刻家などを養成する美術学校を運営し、毎年年次展を開催。

※ジョシュア・レイノルズ
(1723年~1792年)ロココ期のイギリスの画家。
古典絵画の様式を重視し歴史画を頂点とする考えを持っていた(グランド・マナー)。

 

画家や芸術家たちにとってこのロイヤル・アカデミー展で作品が展示される事は
自身の画家人生にとって非常に重要だったと考えていたそうです。

高い評価を得る事でパトロンに目が留まる事を期待したり、
将来的に注文を得る事にも繋がると期待していたからです。

 

このロイヤル・アカデミーは政府からの支援を受けていない独立の機関です。
それでも質は非常に高かったそうで、
当時画家たちがここを目標にしていたのも頷けますね!

 

※ここで扱っているイラストや作品画像はpublic domainなど掲載可能な素材を使用しています。

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