印象派風画家”レッサー・ユリィ”ってどんな画家?

 

印象派画家レッサー・ユリィ

印象派に近い技法で描いた画家という意味で、
私的に今回””という表現で呼ばせてもらいました。
もちろん人によって解釈はそれぞれあると思いますが…。

 

このレッサー・ユリィという画家は
これまで日本ではほとんど名が挙がる事がなかった様です。

実際調べてもこの画家については分からない事も多々あるほど!

私自身「イスラエル博物館展」で初めてこの画家の作品を観て、
”凄い絵だな~”と魅了された一人だったわけで、
今回はそんな謎に包まれた画家
レッサー・ユリィ”について私なりに調べてみたのです。

ぜひ今後の参考にしてもらえると幸いですね。

 

 

印象派風画家”レッサー・ユリィ”ってどんな画家?

Painting Art

日本で”レッサー・ユリィ”を知っている人ってどれほどいるんだろうか??

…おそらくほとんどいないと思います。

でも海外ではそれなりの知名度はある画家の様で、
実際ベルリンやニューヨークなど他の国では展覧会が行われた事もある様です。

 

「自画像」(1921年)レッサー・ユリィ

「自画像」(1921年)レッサー・ユリィ

レッサー・ユリィ(Leo Lesser Ury)

レッサー・ユリィはドイツの印象派画家で風景画を主に制作していました。
夜の街並みと街灯の明かりを描いた風景画は特に有名で代表作として知られています。

 

「夜のポツダム広場」(1920年代半ば)レッサー・ユリィ

「夜のポツダム広場」(1920年代半ば)レッサー・ユリィ

これは「イスラエル博物館展」で観れた作品夜のポツダム広場
参考)⇒「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜展」を観てきました。

夜のポツダム広場を行き来する傘を差した人たちを描いた作品。
建物から漏れる光と濡れたアスファルトに反射する光の描写は特に必見だと思います。

ほとんどが自然溢れる風景を描いた印象派画家が多い中、
こういった都市の風景画を描いた画家は他にはいないだろうと思います。

 

(レッサー・ユリィの生い立ち)

1861年11月7日…
ポーランド(旧プロイセン)のビルンバウム(Birnbaum)という場所で生まれます。

 

1879年…
デユッセルドルフの美術アカデミーで学びはじめます。
レッサー・ユリィは本格的に画家として歩み始めたのです。

その後ユリィはブリュッセル、パリ、ミュンヘン、シュトゥットガルトなど
様々な都市に移り住みながら絵について学びます。

この頃フランスでは”印象派展”も開催されていたので、
おそらくレッサー・ユリィも観に行っていたかもしれないですね。

 

1887年…
ベルリンに引越しします。
ユリィは生涯のほとんどをこの地で過ごしたと言われています。
この頃のベルリンはかなり都市化が進んでいたそうで、
ユリィはこの都市化している様子に魅了されたのかもしれませんね。

 

1889年(レッサー・ユリィ28歳の頃)
自身初となる個展を開催。

ここでドイツ人画家アドルフ・フォン・メンツェルによって支持されます。
このメンツェル氏の支持もあってユリィは賞を授与されるのです。

 

「Nachtbeleuchtung」(1889年)レッサー・ユリィ

「Nachtbeleuchtung」(1889年)レッサー・ユリィ

※”Nachtbeleuchtung”…意味は「夜の街灯、イルミネーション」になる様です。  

 

ここでCheck!
街灯に照らされた夜のベルリンを描いた作品の様ですが、
私的に特に注目して観てほしいのが人物の描写です。

パステルを使用しているからなんでしょうけど、
この浮かび上がる様に描かれた人物描写は必見です!
しかも女性らしい柔らかさも表現されていて、
これはまたルノワールとは違った味わいがあってイイと思います。

それに描き方がまるでファッションデザイナーの様で、
よりスタイリッシュでファッション性が感じられませんか!?

私がこのユリィの作品で特に惹かれたポイントがこれで、
「イスラエル博物館展」で観た作品冬のベルリンは特におススメ!
ぜひこれは見てほしいと思います。

 

「Abend im Cafe Bauer」(1894年)レッサー・ユリィ

「Abend im Cafe Bauer」(1894年)レッサー・ユリィ

 

1915年と1922年とベルリンの分離派展に出品。
1922年の展覧会はユリィにとって特に大規模なもので、
ここでユリィの油絵やパステル画が高く評価される事になります。

レッサー・ユリィは画家として大きな成功を収めたのです。

 

「Unter den Linden」(1922年)レッサー・ユリィ

「Unter den Linden」(1922年)レッサー・ユリィ

レッサー・ユリィは日が暮れた頃の街並みや雨が降っている街の様子など
”夜”、”雨”そして”街”がテーマになった作品が特に有名です。

 

「Unter den Linden」(1925年)レッサー・ユリィ

「Unter den Linden」(1925年)レッサー・ユリィ

この様に昼間の都市を描いた風景画もあります。

淡く浮き上がる様な描写はどことなくルノワールを思い起こさせる様な…
でもルノワールよりもワントーン暗い感じがユリィの絵から感じられます。

 

「Champs Elysees with Arc de Triomphe, Paris」(1925年)レッサー・ユリィ

「Champs Elysees with Arc de Triomphe, Paris」(1925年)レッサー・ユリィ

 

ここでCheck!
ユリィの風景画を見る上で注目したいポイント!!

それは当時のベルリンの都市の様子が垣間見れる事!!

舗装された道路や当時走っていた車の様子。

そして周りに描かれている建物の様子。
当時のベルリンが世界的に発展していた様子が伝わってくると思います。
レッサー・ユリィの作品を観ていくと
こういった当時の様子が見えてくるのがオモシロイ所だと思います。

 

「Nollendorfplatz bei Nacht」(1925年)レッサー・ユリィ

「Nollendorfplatz bei Nacht」(1925年)レッサー・ユリィ

ユリィの作品は比較的暗がりの風景画が多いのが特徴です。

思うにこれはユリィの性格が理由だったのでは?と思うのです。
よく言われているエピソードなのですが、
一匹狼で内向的だったというエピソードもあって、
こういった性格も多少なり作品にも表れているのかもしれませんね。

 

雨の降った夜の都会の風景

ここまで一貫してこのテーマに絞った風景画も珍しいと思います。

でもだからこそ魅力的なのかもしれませんね。

 

・・・

「In Front of the Cafe(Berlin at Night)」(1920年~1929年頃頃)レッサー・ユリィ

「In Front of the Cafe(Berlin at Night)」(1920年~1929年頃頃)レッサー・ユリィ

この生々しくも魅惑的な光の描写…
暗い場面だからこそ余計に明るさが映えるんでしょうね。

本来印象派というと光の質感を描こうとしただけに、
明るい雰囲気の絵が多い印象があります。

そんな中にあってユリィのこういった暗がりの風景画は、
ちょっと印象派とは思えない作風に見えると思います。

特に印象派の作品を見慣れている人にとっては抵抗があるかもしれませんね。

でも暗がりの中でアスファルトに反射する光の質感という意味では、
これも印象派に通じる部分がある様にも思うのです。

 

まだまだ日本では知名度の低い印象派風画家”レッサー・ユリィ”
ぜひ知っておいて損はないと思います。

 

※ここで扱っているイラストや作品画像はpublic domainなど掲載可能な素材を使用しています。

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コメント

    • 匿名
    • 2021年 12月 04日

    一目惚れでした。沢山絵を見たつもりでした。引き込まれてしまいました。もっと見たい。

    • Gym Goro
    • 2021年 12月 04日

    コメントありがとうございます。私も一目惚れの気分でした。見た瞬間ビビッ!と感じたほどでした。(^^)

    • 酒井ノリコ
    • 2021年 12月 04日

    実際の絵を見たいと思わされました。
    年明け大阪ハルカス美術館に必ず見に行きます。

    • Gym Goro
    • 2021年 12月 05日

    コメントありがとうございます。ぜひ行って愉しんでください!!^^

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