絵画「エマオの晩餐」は聖書のどの場面を描いたものなの?

エマオに向かう

 

バロック期を代表する画家”カラヴァッジョ”や”レンブラント”、それからベラスケスも描いている「エマオの晩餐」。有名画家がこぞって描いているテーマだけに、美術館で見かける機会も多いだろうと思います。

 

とはいえ「エマオの晩餐」は聖書に書かれているある場面を描いたもの。つまり宗教画です。当然ながら作品を深く味わうには、聖書の中身を知る必要もでてくるわけです。今回は元々宗教画が苦手だった私が、初心者でも分かる様にできる限り分かりやすく解説していこうと思います。

 

 

エマオの晩餐」の意味、背景って?

 

「エマオの晩餐」(1606年)ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ

「エマオの晩餐」(1606年)ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ

これはカラヴァッジョの「エマオの晩餐」

宗教画で”晩餐”と言うと、おそらく多くの人は「最後の晩餐」を思い浮かべるだろうと思います。これは知っての通りイエス・キリストが処刑される前夜に弟子たちとの食事のシーンを描いたものです。特に重要なのが”弟子たちの誰かの裏切りを予告している”という深い意味が込められている事!

宗教画は単に描かれているシーンだけを見るのでなくて、そこに描かれている意味を探ってこそ更なる面白味が出てくるもの!だと思っています。

 

「エマオの晩餐」(1622年)アブラハム・ブルーマールト

「エマオの晩餐」(1622年)アブラハム・ブルーマールト

アブラハム・ブルーマールトエマオの晩餐(1622年)

中央でパンを持っているのがイエス・キリストで、
その手前で座っているのがイエスの2人の弟子たち。

互いに話し合いながら食事をしようとしている様子が見えると思います。

 

この「エマオの晩餐」は『新約聖書』に出てくる話です。

まずは新約聖書の「ルカの福音書」の内容を見ながら、
「エマオの晩餐」の意味と背景を探っていこうと思います。

・・・

新約聖書の「ルカの福音書」(24章13〜33節)より…

(13節)この日2人の弟子がエルサレムから11キロ離れた”エマオ”という村に向かう途中の事でした。

(14節)2人はこのいっさいの出来事について話しあっていたのです。

(15節)2人が話し合っていると、そこにイエスが近づき彼らの元に歩いて来られました。

(16節)しかし2人の弟子はこの時イエスだと分からなかったのです。

(17節)イエスは2人に言いました。「あなた方は一体何について話し合っているのですか?」すると2人は暗い顔つきになり立ち止まりました。

(18節)クレオパという者が答えました。「あなたはエルサレムに居ながら、最近起こった出来事について知らなかったのですか?」と。

(19節)イエスが「どんな事ですか?」と聞くと、2人は答えました。「ナザレ人イエスの事です。その方は神とすべての民の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でしたが…。

(20節)司祭長や指導者たちがその方を引き渡し、死刑に処すため十字架に付けたのです。」

(21節)私たちはこの方こそ、イスラエルを救ってくださるはずだと望みを託していたのです。しかもその事が起こってもう今日で3日目になるのですが…。

(22節)実は私たちの仲間の女たちが私たちをおどろかせたのです。というのも、その女たちが朝早く墓に行ってみたところ…

(23節)イエスの体が見当たらないので、戻ってきたと言うのです。そして御使いたち現れ「イエス様は生きておられる」と告げたというのです。

(24節)そこで私たちの仲間が墓に行ってみると、女たちが言っていた通りイエスはいなかったのです。

(25節)そしてイエスが言いました。「なんて愚かで心が鈍く、預言者の言葉を信じられない者たちよ…。」

(26節)「キリストはこの苦難を受けて、そして栄光に入るはずではなかったのですか?」

(27節)イエスはそう言ってモーセや預言者、聖書の中で自分について書いている事柄を説いたのです。

(28節)彼らはエマオの村近くまで来たのですが、イエスはまだ先へ進みいかれる様子でした。

(29節)それで彼らは「そろそろ暗くなりますし、一緒にお泊り下さい」と。イエスは彼らと泊まるため家に入られました。

(30節)イエスは彼らと共に食卓に付かれ、パンを取り祝福し彼らに渡されたのです。

(31節)そしてこの時弟子たちの目は開かれ、イエスだと分かったのです。しかしすでにイエスの姿はなくなっていたのです。

(32節)彼らは互いに言い合いました。「道中イエスがお話になった時、また聖書の内容を説いてくださった時、お互い心の内で燃えていたではないか!」

(33節)すぐさま2人は立ち上がり、そしてエルサレムに戻っていきました。
   ・・・

 

・・・

十字架
イエス・キリストが十字架で磔(はりつけ)の刑で処刑されたのはご存知だと思います。

その後マグダラのマリアなどに見守られながら、
イエス・キリストは埋葬されたと言います。
(※「キリストの埋葬」という絵画もあるので、こちらもチェックですよ!)

そしてその3日後にイエス・キリストは復活し、
弟子たちの前に現れたと聖書では描かれているのです。
(これが俗にいう”キリストの復活”と言われるものです。)

 

まり

「エマオの晩餐」(1601年)カラヴァッジョ

「エマオの晩餐」(1601年)カラヴァッジョ

この「エマオの晩餐」という絵画は、
2人の弟子が復活したイエスと出会い、
エマオという町で食事をしているシーンを描いているわけです。

 

考え…・思い…
何も知らないで作品を見るよりも、
その意味を知ってから観る方がより深みを感じませんか?

宗教画の多くは聖書などを基にしている事がほとんど!

聖書の内容や背景が分かってくると、
宗教画がより味わい深いものになると思うのです。

 

「エマオの晩餐」(1535年頃)ティツィアーノ・ヴェチェッリオ

「エマオの晩餐」(1535年頃)ティツィアーノ・ヴェチェッリオ

ティツィアーノ・ヴェチェッリオエマオの晩餐(1535年頃)

この「エマオの晩餐」という作品は
多くの画家も描いているテーマです。

ぜひ今回の話を思い返しながら、
実際に作品を観てほしいと思います。

 

 

エマオの晩餐をカラヴァッジョとレンブラントで比較!

 

絵画「エマオの晩餐」は宗教画でよく描かれるテーマで、
日本でお馴染みのバロック期を代表する2大巨匠
”カラヴァッジョ”や”レンブラント”も実際に描いています。

もちろん
画家が違えば作風も違いが出てくるもので、
それを比べてみるのも絵画の愉しみの1つだと思います。

 

「エマオの晩餐」をカラヴァッジョとレンブラントで比べて見ると...

 

絵を見て感動!
見比べてみてどう思いますか??

私が2作品を比べてみて思った事は…
カラヴァッジョもレンブラントもバロックの画家だけに、
共に光と影のコントラストは特徴的だと思います。

でもそれぞれ光の出所に違いがある様に思うのです!

つまりは光の表現の仕方に違いがあると思うのです!

 

まず…

「エマオの晩餐」(1648年)レンブラント・ファン・レイン

「エマオの晩餐」(1648年)レンブラント・ファン・レイン

レンブラント・ファン・レインエマオの晩餐(1648年)

このレンブラントの「エマオの晩餐」では、
まるでイエスから光が発せられている様に見えませんか?

薄暗い部屋の中で
唯一光を帯びている存在としてイエスが描かれている様に見えます。

 

して…

「エマオの晩餐」(1606年)ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ

「エマオの晩餐」(1606年)ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョエマオの晩餐(1606年)

カラヴァッジョの作品では
イエスは左から照らされた陽によって光っている様に見えるのです。

つまりは光の描写の仕方に違いがある様に思うのです。

 

考え…・思い…
もうちょっと突っ込んで話すと、
カラヴァッジョはイエスを人間らしい存在として描いている。

対してレンブラントはイエスから光輪が発せられている。
つまり
イエスを特別な存在として描いている様に見えるのです。

 

これは私なりの解釈なので、
人によっては違う解釈もあると思います。

とにかく絵画鑑賞は観てどう思うかが大切だと思うので、
ぜひ作品を見比べてみてあなたなりに解釈してほしいと思います。

 

さてあなたはこの2つの作品を見て、
どう思いますか??

 

 

【 カラヴァッジョ関連の記事 】
「カラヴァッジョ展」~日伊国交150年~
カラヴァッジョと作風について
カラヴァジェスキとは?

 

※ここで扱っているイラストや作品画像はpublic domainなど掲載可能な素材を使用しています。

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