ヴァロットンのセンスが光る木版画「アンティミテ」

「ヴァロットン 黒と白」展 …図録

 

フェリックス・ヴァロットンの木版画で、最高傑作と言われているのが「アンティミテ(Intimités)」になると思います。

 

画の大半が黒で占められていて、まるで暗がりから男女の怪しい関係を覗き見しているかの様な…。今風に言えば、部屋に盗撮カメラを設置して、男女の決定的瞬間を描いた様なリアリティ。怪しくもありミステリアスで、そしてヴァロットンの着眼点にセンスを感じてしまいます。

さて、そんなヴァロットンの最高傑作「アンティミテ(Intimités)」を、個人的ポイントを押さえて迫っていこうと思います。ぜひ、見る際は参考にしてもらえると幸いですね。

 

 

ヴァロットンの「アンティミテ」を見る際のポイント!

鑑賞のポイント

ご存知のとおり木版画は彫った部分は白くなり、彫り残した部分が黒く写る仕組みになっています。絵画とは違った味わいを楽しめるのが木版画のオモシロさ!もちろんヴァロットンも、木版画の特徴や味わいを活かした作品に仕上がっています。

今回取り上げるヴァロットンの「アンティミテ(Intimités)」は、1897年~1898年頃に制作された木版画シリーズになります。タイトルは”親密さ親しい関係男女の肉体関係”を意味し、画には男女の怪しくもあり親密な関係を端的に表現しています。「アンティミテ」はサイン入りで限定30部で刊行された版画集で、最近では希少性も相まってヴァロットンの代表作の一つにもなっています。

観れる機会があったなら、これから挙げる3つのポイントを押さえて鑑賞するのもイイと思います。

 

1,「アンティミテ」はモノクロだから、魅力的!

「嘘(アンティミテⅠ)」(1897年)フェリックス・ヴァロットン

「嘘(アンティミテⅠ)」(1897年)フェリックス・ヴァロットン

・17.9×22.5cm、木版(Woodcut)

木版画は基本的に白黒のモノクロ表現による作品です。特にヴァロットンは、黒い部分を多く残した作風が特徴で、まるで暗がりから覗いている様な雰囲気があります。しかも作品のテーマが”非常に親密な男女の関係”だけに、暗がりの雰囲気が一層ミステリアスさを醸し出しています。「アンティミテ」は版画の味わいを存分に活かした作品というわけです。

言い換えれば、版画だからこそ表現できた作風というわけですね。

 

2,「アンティミテ」はヴァロットンのセンスが満載!

「お金(アンティミテⅤ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

「お金(アンティミテⅤ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

・17.9×22.6cm、木版(Woodcut)

ヴァロットンの作風は時代と共に変化しています。初期は””重視だった作風が、徐々に””へと変化していきます。上の「お金(アンティミテⅤ)」という作品も、”面”を重視した作風になっています。画の3分の1以上が黒一色で構成され、そして男性の輪郭が省略され、面によって表現されているのも特徴的ですよね。無駄な線を極力省いた、全体的にシンプルな作風はヴァロットン版画の一番の特徴だろうと思います。

さて、美術初心者が陥りやすい解釈ですが、上手い画家ほど誰が見ても上手い絵を制作すると思いがち。写実的で立体的で、繊細な作風は、誰が見ても上手い!と思いますよね。でもある程度美術を見慣れてくると、本当に上手い画家ほど、エッ!?と思う様な簡素な作品を描いたりします。このヴァロットンの版画も同様で、シンプルで簡素で、ひょっとしたら僕でも作れるんじゃね!?と思えるほど!でも構図がシンプルになればなるほど、画家のデザインや画力のセンスが問われるもの。限られた線と形で、対象物を表現するわけですから。

「アンティミテ」は、まさにヴァロットンのデザインセンスが詰まった作品というわけです。

 

3,作品タイトルがさらなる想像を膨らませている!

「5時(アンティミテⅦ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

「5時(アンティミテⅦ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

・17.8×22.3cm、木版(Woodcut)

ヴァロットンの「アンティミテ」は計10点から成る連作。しかも、どのタイトルも非常に意味あり気になっています。「嘘」や「お金」、「取り返しのつかないもの」など、何とも意味深いタイトルになっています。

さて、この「5時」という作品もちょっと意味あり気な感じがしませんか?作風から男女が抱き合い、キスをしているシーンが読み取れますが、普通恋人同士や夫婦なら、あえて”時間”を強調する必要もないと思います。この男女は夫婦同士でなく、愛人関係を意味している様に思いませんか??

ヴァロットンの「アンティミテ」シリーズは、作風もミステリアスだけれど、タイトルがまた怪しく味わい深い。一体何が描かれているのだろう?とタイトルから妄想が膨らんでしまうのです。

 

 

他の「アンティミテ」を見てみよう!

見れば、観るほど...

親密な男女を描いている「アンティミテ」シリーズは、どれも怪しい微妙な2人の関係が表現されています。何だか訳ありの関係だったり、男女の間に緊張感を伴った作風ばかり!

実は「アンティミテ」が制作された時期を見ると、その理由が何となく見えてくると言われています。

 

1898年(ヴァロットン33歳)、連作「アンティミテ」を完成させる。

1899年(34歳)、5月に画廊ベルネーム=ジュヌの娘ガブリエル・ロドリーグ=アンリークと結婚。

 

「勝利(アンティミテⅡ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

「勝利(アンティミテⅡ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

・17.8×22.6cm、木版(Woodcut)

ヴァロットンの真骨頂と言われる「アンティミテ」ですが、作風は男女関係の裏切りや諦め、そして結婚生活の不協和音を奏でるものばかり!実はこの作風の背景には、ヴァロットン自身の結婚生活や男女の関係を示しているとも言われています。

ヴァロットンにとって結婚は決して心安らぐものではなかった。疑念や孤独が伴った結婚生活だったとも言われています。当時のヴァロットンの内面が、そのまま画として表現されているというわけです。真相は本人しか知りえないけれど、少なくとも順風満帆な生活だったら、こういった作品には仕上がらなかったと思います。

 

「きれいなピン(アンティミテⅢ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

「きれいなピン(アンティミテⅢ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

・18.0×22.5cm、木版(Woodcut)

 

「もっともな理由(アンティミテⅣ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

「もっともな理由(アンティミテⅣ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

・17.8×22.3cm、木版(Woodcut)

どれも平面的で細かい描写はないけれど、どういった場面を描いた作品なのかが一目でわかる。このシンプルながら端的に表現する画力は、ヴァロットンならではの上手さだと思います。でも対照的に本棚や絨毯などは、装飾的に描かれているのが興味深い点ですね。

 

「最適な手段(アンティミテⅥ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

「最適な手段(アンティミテⅥ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

・17.9×22.4cm、木版(Woodcut)

 

「訪問の支度(アンティミテⅧ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

「訪問の支度(アンティミテⅧ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

・17.8×22.4cm、木版(Woodcut)

この「訪問の支度」という作品も、男女の心情を上手く表した感じが面白い!

女性は支度の準備に勤しんでいるのが分かると思いますが、対して男性の方は”早くしろ!”と思っている感情が読み取れませんか?夫婦や恋人同士でよくある場面を、端的に上手く表現している。このヴァロットンの観察眼も必見だと思います。

 

「他人の健康(アンティミテⅨ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

「他人の健康(アンティミテⅨ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

・17.8×22.4cm、木版(Woodcut)

 

「取り返しのつかないもの(アンティミテⅩ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

「取り返しのつかないもの(アンティミテⅩ)」(1898年)フェリックス・ヴァロットン

・17.8×22.4cm、木版(Woodcut)

取り返しのつかないもの
何とも意味深いタイトルだと思いませんか??横にある壺が関係しているのか?それとも修復不可能になった男女の関係を意味しているのか?それは見る者の想像力に委ねられていると思います。

 

シンプルな構図ゆえ、モノクロによる色彩表現ゆえ、意味深なタイトルゆえ、見る者の妄想を掻き立てる名作「アンティミテ」。ぜひ美術館でご鑑賞あれ!

 

※ここで扱っているイラストや作品画像はpublic domainなど掲載可能な素材を使用しています。

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