- 2016-11-6
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映画『インフェルノ(Inferno)』で目にした人も多いのでは?
ダンテの『神曲』地獄篇を正確に再現したサンドロ・ボッティチェリの「地獄図」は、一見するとなんて事はない地図に見えます。でも細部まで迫って見ると世にも恐ろしい地獄の全貌が描かれているのが分かります。あたかもここが本当の地獄なのでは!?そんな錯覚さえ覚えてしまうほど…。

「地獄図(地獄の見取り図)」(1490年)サンドロ・ボッティチェッリ
サンドロ・ボッティチェリの「地獄図(地獄の見取り図)」
・1490年、32×47cm、ヴァチカン教皇庁図書館に所蔵。
一度入ったら二度と出る事が出来ない”蟻地獄”の様な…。そしてここが本当の地獄なのでは?と錯覚するほどのリアルさ!ボッティチェリの「地獄図」には不思議な怖さと説得力があるのです。
それは細部まで観察すると分かってくると思います。
ボッティチェリの「地獄図」を細部まで観察すると…
実は「地獄図」は32×47cmという比較的小さいサイズのもの。
でもよ~く観察して見ると細部までがキッチリと描かれているのです。

「地獄の見取り図(detail)」(1490年)サンドロ・ボッティチェッリ
これは地獄篇の第八圏の地獄”悪意者の地獄”を描いた部分。
・・・ここにはマレボルジェと呼ばれる10の嚢(ふくろ)があり、それぞれが罪人たちで埋め尽くされていた。そこには悲惨な光景が広がっていた。
第一の嚢には金のために婦女を売った者たちがいた。そして角を生やした悪魔たちが手にした鞭で罪人たちを容赦なく鞭打っているのが見えた。
その中に見覚えのある姿を見つけた。それは侯爵に妹を差し出したヴェネーディコ・カッチャネミーコという男だった。
そして次の嚢では人々が糞尿に漬けられている姿が見えた・・・
(地獄篇第18歌の内容より)

「地獄の見取り図(detail)」(1490年)サンドロ・ボッティチェッリ
これは”第七圏の地獄”にある3つ目の環を描いた部分。ここでは男色者たちが炎に振りかけられて悶えているのが見えます。
※当時キリスト教では同性愛は”罪”として考えられていたそうです。
・・・堤に沿ってやってくる一群の群れを目にします。その中に見覚えのある顔を目にします。その人物は顔が焼けただれていたが間違いなくダンテの先生ブルネット・ラティーニだったのです・・・
(地獄篇第15歌の内容より)
この32×47cmという小さいサイズの「地獄図」には、ここまで細かく細密に地獄の世界が描かれているのです。
まるで本当に地獄に行ったかの様な…
そんなリアルな世界が描かれているのです。
改めてこのボッティチェリの画力には驚かされますね。
ダンテの『神曲』って何なの!?
サンドロ・ボッティチェリの「地獄図」は、ダンテの『神曲』地獄篇を正確に再現したものだと言われています。
ちなみに現在ある”地獄”という概念は、元々はこの『神曲』が基になっていると言われています。そういう意味でもこの『神曲』を書いたダンテがいかに凄い人物なのか?実際に銅像になったりしている事からも分かると思います。

「ダンテ・アリギエーリ」(1530年代)アーニョロ・ブロンズィーノ?
”ダンテ”…本名はダンテ・アリギエーリ(1265年~1321年)。
イタリアの都市フィレンツェ出身の詩人で哲学者だった人物です。
元々ダンテはフィレンツェで政治家をしていました。しかし政治的争いに巻きこまれフィレンツェを追放されます。そして各地を流浪している時にこの『神曲』を書き始めたと言われています。
専門家の解釈によればこの『神曲』には、自分を追放したフィレンツェや政治への憎しみや怒りそして自身の理想が込められていると言います。まさにこの『神曲』はダンテの生き様すべてと言っても過言ではないわけです。
そしてそれはストーリーからも垣間見れます。

「ダンテの小舟」(1822年)ウジェーヌ・ドラクロワ
・189×241cm、カンヴァスに油彩、ルーヴル美術館所蔵
まるでダンテ自身がこれまでの自分の人生を振り返るかの様に…
物語はダンテ自身が主人公となって、詩人ウェルギリウスに案内されながら地獄の門をくぐり”地獄界”へ。そして煉獄、天国へ巡り歩く話になっています。(このウェルギリウスは実在した人物です。)
ちなみにここで描かれている”地獄界”はこの9つで構成されています。
第一圏…”辺獄”洗礼を受けなかった者が行く地獄。 |
罪は下に行くほど重くなっていき、最下層は”裏切り者が行く地獄(コキュートス)”があります。
※ちなみに”裏切者の地獄”には、堕天使ルシファー(別名”サタン”)がいるとされています。
※(参考)それぞれの地獄については
⇒”地獄”ってどんな場所!? …ギュスターヴ・ドレの挿絵より
ダンテの『神曲』は”3”の数字で構成されている!
この『神曲』は全14,233行で構成された長編叙事詩(つまり長編の”詩”の様なもの)です。
そして『神曲』を語る上で忘れてはならないのが”3”という数字。この詩は全体が”3”を基に構成されている点が実は大きなポイント!
まずボッティチェリの「地獄図」から分かる通り、地獄の世界は”3”の倍数の9つの圏から成っています。そして『神曲』は地獄篇、煉獄篇、天国篇の3部構成になっていて、それぞれの篇が33歌で構成されているのです。(地獄篇のみ34歌で構成)
また詩行全体が3行で1つのまとまりとなる韻文で構成されている。つまり”三韻句法(テルツァ・リーマ)”という形式が用いられています。
この様に”3”の倍数を基に詩が構成されているのです。
これはキリスト教の”三位一体”という教義からきていると言われています。
※キリスト教における”三位一体”とは
父(神)と神の子”イエス”と、精霊の3つは一体であるという教え。3つ別々のものが1つのものとして密接に結びついているという意味。
この『神曲』は1304年から執筆を開始し、そして1321年に完成したとされています。
誰もが行った事のない地獄の世界を創造し、そして綿密な計算の基構成された長編の詩。ここまで長い歳月がかかっているのも頷けますね。
このダンテの叙事詩『神曲』の作品には、”聖書”や哲学、倫理観など様々なものを引用していると言います。もちろん文学作品としても評価の高い作品ではあるけれど、当時の価値観が読み取れるのも面白味の一つだと思います。
地獄という世界観を創造したダンテと、その『神曲』地獄篇を正確に再現したボッティチェリの画力。
まさに現在の”地獄”という世界は、この2人の存在なくして成立しない概念と言っても過言ではないと思うのです。
※ここで扱っているイラストや作品画像はpublic domainなど掲載可能な素材を使用しています。
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