- 2026-10-4
- Artist (画家について), Artwork (芸術作品), Enjoy This (観てほしい絵画展)
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先日、新宿下落合の「中村彝(つね)アトリエ記念館」に行ってきました。
普段、美術館に足を運ぶ機会が多い私にとって、たまに行く”画家のアトリエ”は実に新鮮!!
しかも知っている画家となると、妙に”しみじみと思うところ”があるからイイですね。^^
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【 目次 】 |
新宿下落合の「中村彝アトリエ記念館」に行ってきました。

まさか、こんな場所に中村彝アトリエ記念館が建っているなんて!?
初めて行った人は、驚く人も多いかもしれませんね。
最寄り駅はJR山手線「目白駅」で、そこから歩いて約10分ほどの場所です。
立地からも想像できると思いますが、周りは住宅で密集した場所です。(詳しいアクセスは以下で書いています。)
一見すると、賑やかな場所にも思えるけれど、でも当時はそれほど家もなかったようで、絵を描くには最適な環境だったのかもしれませんね。
早速、記念館内部に入ってみました…

まず印象的だったのが、自然光で明るく照らされた室内でした。
この様に当時は、北側から自然光を採り入れた構造が一般的だったそう。
でも明るいと入っても、曇りガラスっぽい感じなので、とてもやさしい光なのがイイですね。
絵を描くには最適な場所だろうと、つくづく思うわけです。

それに室内に置かれた椅子やソファにも自然と目が向いてしまいます。
どれも年代を感じさせる古さがあり、一昔前の西洋風アンティーク調がとても洒落て見えます。
私は椅子とソファを見た瞬間、当時のまま?と思いきや…
実は再現レプリカ?だそう。
これが本物だったら、もっと嬉しいのにな~と思いながら。
さて、上の写真から、気になる一枚が置かれているのが目に付くと思います。
コレです↓

「エロシェンコ氏の像」(1920年)中村彝 ※重要文化財
・45.5×42.0cm、カンヴァスに油彩、東京国立近代美術館所蔵
中村彝の代表作「エロシェンコ氏の像」です。
重要文化財に指定されている作品で、現在は東京国立近代美術館に所蔵されています。
当然ながら、ここ中村彝アトリエ記念館に置かれている作品は全てが複製画です。さすがに本物は置けないですよね…。
そしてその横には鶴田吾郎の「エロシェンコ氏の像」もあり、当時は切磋琢磨する形で描いていたようです。

また奥に「目白の冬」という作品が置かれているのも分かります。
もちろんレプリカですが、この作品を下落合のアトリエに置いているのは、何とも展示のセンスを感じさせますね。
とにかく今から約100年前、中村彝はこの空間で絵を描いていたのかな~と思うと、何とも感慨深くなってきますね。^^
そしてアトリエ小屋の外へ向かうと…
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この中村彝アトリエ記念館は、実際に中村彝が亡くなるまでの約8年間住んでいた場所。
でも実際は、住んでいたというか、創作活動をしながら療養していたに近いかもしれない。
家の内部にはトイレや台所など必要最低限しかなく、身の回りの世話は岡崎キイという女性がしていたそうです。

アトリエ記念館というだけあって、比較的こじんまりとした場所です。
でも、しみじみと浸るには最適な場所だろうと思います。
入場無料ですし、目白駅からも歩いて10分程という立地。
新宿で美術鑑賞をした後に、散歩がてらに立ち寄るのもイイと思います。
中村彝の生い立ちと代表作!
ここで中村彝の生い立ちについても簡単に触れてみようと思います。
1887年(明治20年)、現在の茨城県水戸市で生まれます。
その後、早くして軍人としての道を志すも、17歳の時に結核の病に侵され断念。画家の道を志したという経緯があります。

「少女」(1914年)中村彝 ※「第8回文展」出品、三等賞受賞作品
・69.5×65.5cm、カンヴァスに油彩、株式会社中村屋蔵
そして1911年(明治44年)、新宿中村屋の相馬愛蔵夫婦の厚意で中村屋のアトリエに転居しますが、モデルだった相馬家の長女俊子との恋沙汰が理由で、1916年に下落合のアトリエを新築したという経緯。
そらから亡くなるまでの約8年間を、このアトリエで病と闘いながら作品制作に取り組んでいたというわけです。
・・・

「目白の冬」(1919年)中村彝
・45.5×60.6cm、カンヴァスに油彩、茨城県近代美術館所蔵
この「目白の冬」という作品から、当時の新宿下落合の町並みが何となく想像できます。
家は今ほどなく、周りは樹々や畑で覆われていたようですね。

「カルピスの包み紙のある静物」(1923年)中村彝
・59.5×49.0cm、カンヴァスに油彩、茨城県近代美術館所蔵

「頭蓋骨を持てる自画像」(1923年)中村彝
・101×71cm、カンヴァスに油彩、大原美術館所蔵
これも以前に観た作品ですが、何ともエル・グレコの作風を彷彿とさせます。
特に印象的なのが”頭蓋骨”で、自身の死を暗示しているかの様。
事実、1924年(大正13年)に、37歳という若さでこの世を去ってしまったのです。

さすがに生い立ちを振り返ると、何とも惜しいというか、何と言うか…。
もし結核に侵されていなかったら、もっと多くの作品を描いていたのかな?と思うわけですが。
でも健康な体だったら、軍人としての道を歩んでいたかも?と思うと、ちょっと複雑な気持ちになるのは、私だけでしょうか。
「中村彝アトリエ記念館」の場所とご利用案内

私が「中村彝(つね)アトリエ記念館」に行ったのは、新宿のSOMPO美術館の後でした。
場所が新宿区なので、場所的にも比較的行きやすいというか近いから。
最寄り駅はJR山手線「目白駅」で、そこから歩いて約10分ほどの場所にあります。
先ほどちょっと触れましたが、中村彝アトリエ記念館は住宅街の中にあります。
分かりずらいかと思いきや、実際に行ってみると案内板もあるので、結構すんなりとたどり着けると思います。
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「中村彝アトリエ記念館」のご利用案内 ・開館時間:10:00~16:30まで ※入館は16:00まで ・交通のご案内 |
※ここで扱っているイラストや作品画像はpublic domainなど掲載可能な素材を使用しています。
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