「マルモッタン・モネ展」を観てきました。(後半)

マルモッタン・モネ美術館展(Musee Marmottan Monet)

 

クロード・モネは成熟期と晩年では、
作風が大きく変化してきた事は有名な話。

それはモネの代表作「睡蓮」を見比べれば、
その違いが明らかなのは一目瞭然だと思います。

 

この「マルモッタン・モネ展」でも、
その違いを生い立ちを追う形で観る事が出来たのです。

 

「睡蓮」(1903年)クロード・モネ

「睡蓮」(1903年)クロード・モネ

クロード・モネ睡蓮(1903年)

 

モネは1883年にジヴェルニーに移り住み、
庭造りに夢中になっていったと言います。

この睡蓮もモネの庭の風景の一つで、
モネは睡蓮を浮かべた”水の庭”を造り、
何枚もこの「睡蓮」を題材にした絵を描いているのです。

その数は200点にもなると言われています。
モネの”睡蓮”に対するこだわりや愛着が感じられますね。

 

「キスゲの花」(1914‐1917年)クロード・モネ

「キスゲの花」(1914‐1917年)クロード・モネ

 

この絵は晩年のモネの作品からは想像できない位の勢いがあります!

キスゲの花は一見すると、
風景画というよりも静物画に違い感じがします。

でもそんな静かな印象とは反対に
この絵には伸び伸びとした力強さがあるのです。

この絵は出来れば、
筆の質感が分かる位近寄って見てほしいのです!

この「キスゲの花」の見所は、
筆の力強さと離れて見た時の花の生き生きと姿だと思います。

「睡蓮とアガパンサス」(1914‐1917年)クロード・モネ

「睡蓮とアガパンサス」(1914‐1917年)クロード・モネ

 

 

 

そして、モネ最晩年の作品へ…

 

モネの作風に変化が表れてきたのは、
1915年辺りから…

モネは1926年まで生きたので、
亡くなるまでの約10年間をモネの最晩年と言ってもイイと思います。

 

「睡蓮、柳の反映」(1916‐1919年)クロード・モネ

「睡蓮、柳の反映」(1916‐1919年)クロード・モネ

クロード・モネ睡蓮、柳の反映(1916‐1919年)

これはモネの庭にある”睡蓮”が浮かんでいる池の様子を描いた作品。

先ほど挙げた1903年の「睡蓮」と比べると
その違いは明らかだと思います。

「睡蓮」(1903年)クロード・モネ

「睡蓮」(1903年)クロード・モネ

 

絵を見て感動!
より大胆で荒々しく描かれている様に見えますね。

本当に同じ人が描いたのか??
と疑いたくなるほどの変化だと思います。

実はこの頃からモネの描き方に
大きな変化が出始めてきたと言います。

 

筆触は荒々しくなって
ものの明確な形がなくなってくるのです。

一体どこからどこまでが睡蓮なのか?
その区別がつかないくらい。

ある解釈によれば、
モネはものの形を表現するよりも、
光の加減や時間の移り変わり表現しようとしたのではないか?

 

考え…・思い…
つまり風景を見た時の印象をより重要視したって事でしょうね。

そう考えるとこの頃モネが描いた作品は
より印象派らしい”ともいえると思うのです。

 

 

「しだれ柳」(1918‐1919年)クロード・モネ

「しだれ柳」(1918‐1919年)クロード・モネ

クロード・モネしだれ柳(1918‐1919年)

この”しだれ柳”も同じ様に
大胆で荒々しいタッチで描かれているのが分かります。

 

考え…・思い…
それにしてもなぜこうも作風が変化したのか?

なぜ大胆で荒々しい筆のタッチになっていったのか?

実はこの頃になると多くの友がこの世を去ってしまった。
1919年には生涯の友と言われたルノワールが亡くなって、
モネは”このグループでの生き残りは私だけになった”と漏らしたそうです。

仲間たちの死による孤独感や悲しみ

そして1912年に診断された白内障が、
かなり悪化して思うように風景を見れなくなった

私が思うに孤独感や自分へのいら立ちが、
荒々しい筆触へと変化したのでは?と思うのです。

 

「バラの小道、ジヴェルニー」(1920~22)クロード・モネ

「バラの小道、ジヴェルニー」(1920~22)クロード・モネ

クロード・モネバラの小道、ジヴェルニー(1920~22)

これはモネの庭にある、
辺り一面バラで囲まれた小道を描いた作品です。

一見するとどの風景を描いたのか?分からないですね。

タイトルがないと”何の絵なのだろう??”って思うほど。

この作品が描かれた1922年には、
モネの右目はかなり悪化していて光と動きを感知するのみとなったそうです。
しかも左目も読み書きが出来ないほどだったと言います。

 

考え…・思い…
子供の頃から絵を描くことが好きだったモネにとって、
風景を思うように見れなくなった事は、
かなりのショックだったと思いますね。
しかも仲間たちの度重なる死は、
モネにとって相当キツかったのでは?と思うのです。

 

・・・

「バラの庭から見た家」(1922‐1924年)クロード・モネ

「バラの庭から見た家」(1922‐1924年)クロード・モネ

クロード・モネバラの庭から見た家(1922‐1924年)

そしてこれは亡くなる3~4年くらい前に描いた作品。
この頃になるとモネの描き方にも、
ちょっとした変化が読み取れるのです。

例えるなら…
これまではザッ!ザッ!!という筆使いだったのが、
晩年になるとボテッ、ボテッという風に
絵具の載せ方に力強さがない感じに見えるのです。

このニュアンスの違いが分かるでしょうか??

 

「バラの庭から見た家」(1922‐1924年)クロード・モネ

「バラの庭から見た家」(1922‐1924年)クロード・モネ

クロード・モネバラの庭から見た家(1922‐1924年)

この最晩年に描いたモネの作品は、
ぜひ質感が分かるくらい近寄って見てほしいですね。

 

考え…・思い…
これは私なりの解釈ですが、
晩年モネの作品に力強さを感じないのは、

もしかしたら自信が無くなった現れだったのかも…。

特に印象派は画家の印象や個性が
モロに作品に表現されると思っています。

作風の変化はモネの心境の変化だったのかもしれませんね。

 

そういえば
今回グッズ付のチケットで見に行ったのですが…

マルモッタンモネ展のグッズ
売店で、こんなグッズをGET!してしまいました。
もちろん図録集も購入してしまったわけです(^^)

 

普段モネの成熟期の作品ばかり見てきた私としては、
こんな風に生い立ちに沿って晩年の作品を見れたのは実に貴重!

こういった貴重な体験は、
マルモッタン・モネ美術館だからこそだと思いますね!

 

※ここで扱っているイラストや作品画像はpublic domainなど掲載可能な素材を使用しています。

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