「クリムト展 - ウィーンと日本1900」を観て…

「クリムト展」…東京都美術館より

クリムト展 - ウィーンと日本1900」より…

 

グスタフ・クリムト”が没してから100年…。
(亡くなったのは1918年、クリムト55歳でした。)

そして日本とオーストリアの
国交150年を記念しての開催となった「クリムト展」

 

「クリムト展」…東京都美術館より
上野の東京都美術館で行われた今展なのですが、
ちょうど時期がゴールデンウィークと重なっているだけに
思った通り本当に混んでいたわけです。

とはいえどうしても見たくて見たくて
それで覚悟の上で見に行ってしまったのです。

 

 考え…・思い…
日本では過去最大級のクリムト展という事で、
クリムトの油彩画25点以上が展示と
さらには壁画まで見れるという豪華ぶり!…
(壁画とはいっても原寸大の複製ですが)

今回の観終わった後の感想としては、
一言で”なんて多彩な画家なんだろう…”と。
凄いというか、天才というか…
そんな言葉しか出てこなかったのです。

 

Photograph of Gustav Klimt
「Photograph of Gustav Klimt」※public domain画像

この”グスタフ・クリムト”という画家は
風景画や人物画、それに抽象的な絵など色々描いていまですが、
そういった”多彩なジャンル”というよりも、
彼の描き方が実に多彩!!!なのです。
同じ人が描いたとは思えない多才ぶりなのです。

元々クリムトは美術学校を卒業し古典的な美術を学びます。
もちろん当時の人物画を見ると思いますが、
細部まで忠実に再現していた絵が目立ちます。
(古典的な絵と言えばそれまでですが…。)

そしてウィーン分離派を設立し、
徐々にその画風が変化していった様に見えるのです。

※”ウィーン分離派”とは…

…19世紀末、保守的な芸術家協会に不満をもった若手芸術家が結成したグループ。
当時のウィーンでは保守的なクンストラーハウス(美術家組合)が支配していて、
新しい芸術は認められなかった背景があります。
そういった保守的な考えを嫌った若手の芸術たちによって結成されたグループ。  

・・・

「アッター湖畔のカンマー城lll」(1909-10年)グスタフ・クリムト

「アッター湖畔のカンマー城lll」(1909-10年)グスタフ・クリムト

 

考え…・思い…
この絵を見てどう思いますか?

これもグスタフ・クリムトが描いた風景画なのですが、
まるで”印象派”の絵の様に見えませんか??
細部まで繊細に描いているというよりも、
全体の雰囲気を重視していると言った方がイイと思います。

 

「赤子(ゆりかご)」(1917年)グスタフ・クリムト

「赤子(ゆりかご)」(1917年)グスタフ・クリムト

それからこんな風に模様や色彩を豊かに使用した装飾的な絵だったり
本当に同じ画家が描いた絵とは思えないのです。

 

実際にクリムトは”装飾家”としても評価を得ていたそうです。
そんな事からもクリムトは画家というよりも
装飾家”と呼んだ方がイイのかもしれませんね。

 

その代表作の1つに
今回見れたこの「ユディト Ⅰ」作品があるのだと思います。

「ユディト Ⅰ」(1901年)グスタフ・クリムト

「ユディト Ⅰ」(1901年)グスタフ・クリムト

 

この作品なんかは金箔をふんだんに使っていると思うので、
単なる画家というには物足りないと思います。

これまで色々な作品を見てきておもうけれど、
こういった絵を描く人ってあまり見たことはないですね。

そう思うと実に多彩だけれど
クリムト独自の画風を貫いたのかな~と思うのです。

そして続きは…

 

※ここで取り上げている画像は、
「Web Gallery of Art」など”パブリックドメイン”を使用しています。
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