「岸田劉生展」…没後90年の今だから分かる”急ぎ過ぎた画家人生のわけ”

「岸田劉生展」…東京ステーションギャラリーより

「没後90年記念:岸田劉生展

 

当時の日本でここまで独創的な西洋画を描く人って…

おそらく”岸田劉生”くらいしかいないかもしれませんね。

 

実は先日の事…

今年で没後90年となる節目に開催の展覧会
没後90年記念… 岸田劉生展」に行ってきました!

 

東京ステーションギャラリー
…場所は東京ステーションギャラリーでした。

 

この「岸田劉生展」は8月31日から東京で開催し、
その後は山口県、名古屋と巡回開催します。

東京開催

期間:2019年8月31日(土)~10月20日(日)まで
(前期:8月31日~9月23日/後期:9月25日~10月20日)
※前期後期で一部展示替えがあります。
会場:東京ステーションギャラリー

山口開催

期間:2019年11月2日(土)~12月22日(日)
会場:山口県立美術館

名古屋開催

期間:2020年1月8日(水)~3月1日(日)
会場:名古屋市美術館

 

実は今回の「岸田劉生展」は
前々から気になっていた展覧会だったのです。

というのも…

「麗子坐像」(1919年8月23日)岸田劉生

「麗子坐像」(1919年8月23日)岸田劉生

岸田劉生の作品「麗子坐像」(1919年)

これは箱根のポーラ美術館に行く度に目にする作品で、
見る度にこの麗子の坐った描写に驚かされていたのです。
実は少なからずこの岸田という画家には興味があったのです。

 

絵を見て感動!
何より驚くのはその生々しさ!!

なんだか気持ちわるささえ感じるほど…
(表現が悪いですが、別に悪い意味ではないですよ)

リアルを通り越して、
まるで生きている様な生々しささえ感じるのです。

着物の質感までリアルに再現されているので、
余計にそう思うんでしょうね…

もちろん今回の「岸田劉生展」でも展示していますが、
本当に見る度にこの絵のインパクトは凄いものがあります。

 

ただ岸田劉生の描いた作品は
こういった写実主義的作品だけではないのです。

それは追って話していこうと思いますが…

 

今回何よりも興味深かった事は、
この岸田劉生という画家は、
画家である前に一人の人間で
普通の父親だったって事がいい意味での発見だったのです。

そういった面が垣間見れただけでも、かなり面白いと思いますよ

「自画像(椿君に贈る自画像)」(1914年5月8日)岸田劉生

「自画像(椿君に贈る自画像)」(1914年5月8日)岸田劉生

さてこの岸田劉生は今年(2019年)で没後90年になります。
つまり亡くなったのが1929年だったのです。

岸田が生まれたのが1891年。
この年に東京の銀座で生を受けたのですが…

実は岸田劉生は38歳という若さで亡くなっているんですよね。

 

考え…・思い…
もっと長生きしていれば、
どれだけのものが描けただろう…
と作品を観ながらふと思ったりしたものです。

まずこの岸田劉生の半生を簡単に話すと
実に最初は独学で水墨画を描いていたと言います。

そして18歳で黒田清輝の主宰する白馬会葵橋洋画研究所に入所し
本格的に油彩画を学び始めたのです。

そして1911年(21歳)
雑誌「白樺」で紹介されていた後期印象派の作品に感銘を受けます。

 

でもそれからほどなくして…
近代的傾向…離れが始まっていくのです。
つまり”ゴッホの手法の感化”も”マチスの絵の理論”も過去のものであって、
自己の目と頭で自然を見て描くという新たな模索へ進むのです。

 

そして…

究極の写実主義
徹底した細密描写による写実へ進みます。

「道路と土手の塀(切通之写生)」(1915年11月5日)岸田劉生

「道路と土手の塀(切通之写生)」(1915年11月5日)岸田劉生

・・・

「川幡正光氏之肖像」(1918年1月13日)岸田劉生

「川幡正光氏之肖像」(1918年1月13日)岸田劉生

 

考え…・思い…
これらの作品を観てどう思いますか??

まさに写真の様な…

というか
目の前で見ているかの様な本物っぽさですね。

実はこの過程で西洋古典絵画の精神性にも影響を受け、
”クラシックの感化”でより独創的な画風へと至るのです。

「麗子肖像(五歳之像)」(1918年10月8日)岸田劉生

「麗子肖像(五歳之像)」(1918年10月8日)岸田劉生

 

 

おそらくこの時期の劉生の絵が
最も超写実に近いのでは??と思うのですが、

あなたはどう思いますか??

実はここでふと思った事がありまして、
岸田劉生は愛娘”麗子”を愛し可愛がっていたそうですが、
ここまでリアル過ぎると…

可愛いを通り越して
ちょっとコワいくらいな感じもするのです。

でもこれが”岸田劉生らしさ”だろうと思います。

 

仮にもしルノワールが”麗子”を描いたとしたら…

劉生の描く作風とは全く違った感じになっていたかも?しれませんね。

 

「村娘之図」(1919年4月13日)岸田劉生

「村娘之図」(1919年4月13日)岸田劉生

 

考え…・思い…
さてここで気になった事があるのです!

ここまで劉生の歴史を見てきて思うのは、
この1911~1920年頃に描かれた作風の変化のスピードです。

10年も経っていないというのに、
実に作風が瞬く間に変化しているんですよね。

まるで画家人生を急いでいる様な…

 

「麗子八歳洋装之図」(1921年9月27日)岸田劉生

「麗子八歳洋装之図」(1921年9月27日)岸田劉生

 

実は岸田劉生という人は、
潔癖症で、神経質で身体もそれほど強くはなかったそうです。

 

考え…・思い…
もしかしたら岸田劉生は
自分があまり長くは生きられないと自覚していたのかも!?
限られた人生で自分の画風を見つけようとしていたのかも…

そう考えると、
ここまで変化のスピードが早かったのも納得がいくのです。

 

そして晩年…
岸田劉生は大連に滞在しているのですが、
そこで描いた風景画が妙にイイ感じなのです!
「路傍秋晴」(1929年11月)
「路傍秋晴(大連風景)」(1929年11月)
「満州総裁邸の庭」(1929年11月)

 

考え…・思い…
まるで若かりし頃に影響された印象派を
また蘇らせたくなったのかも…
そう思えてならない作品ばかりなんですよね!

こういった形で岸田劉生の作品を観れるってそうはないと思います。

後10年経ったら没後100年記念と称し
どこかしらで記念展が開催するだろうけど、
今の内に見ておくのもイイと思いますよ!!

 

※ここで取り上げている画像は、
「Web Gallery of Art」など”パブリックドメイン”を使用しています。
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