ダリは画家ではなく、”芸術家” …『DALI展』に行って

『ダリ展』 …国立新美術館にて

 

『ダリ展』後半について
私なりの感想を話していきたいと思います。

元々私が思っていたダリのイメージは、
独特で奇妙な絵を描く画家という印象でした。

専門的な言葉で言えば
シュルレアリスム”となりますが…。

そんなダリへのイメージが、
後半になるにつれ徐々に変わってくるのです。

「ダリ展」の看板広告

年代で言えば1940年辺りだと思います。

歴史的な出来事では、
この頃に”第二次世界大戦”が起こっています。

実はダリはこの戦争を機にアメリカに亡命しているのです。

すでにこの頃には、
ダリの”世界観”は世界的にも認められてきたようで、
商業画家としていろいろと手がける様になっていました。

    

※『アンダルシアの犬』…サルバドール・ダリとルイス・ブニュエルとの共同製作映画
※『不思議の国のアリス』の挿絵…ダリが描いた挿絵

例えば映画や劇、
本の挿絵などジャンルも多岐に渡ります。

もちろんこの『ダリ展』でも
映画や劇などの作品も紹介されています。

こんなダリの画家以外の姿を見れるのは、
今展の一つの見所だと思います。

 

考え…・思い…
それにしてもな~、
つくづく思った事がありました。

ダリって早くから評価されていたんですよね!

比較的死後に評価される画家が多い中で、
ダリは
生前中に評価され活躍しているのです。

そう思うとダリの芸術家人生は、
ある意味””というか”特別”な感じがするんですよね~。

「ダリ展公式図録」とピンバッジ

もちろんその理由には、
ダリの伴侶となったガラの影響が強いと言われています。

ガラはダリの絵の販売やマネジメントなど
裏方として支えたと言われているのです。

もちろんダリのセンスもあったとは思います。
でもそのダリを表に発信していった
ガラの力量もスゴイな~と思うのです。
(今展ではダリの妻”ガラ”の人物画も見れますよ!)

 

そんなダリが戦争を機に、
画風が少しづつ変わってきた感じがしたのです。

何というか…
ダリシュルレアリスム”というイメージが、

塗り替えられていった瞬間でもあるのです。

ダリは”戦争”を機に、
絵を通して”戦争に対するメッセージ”を込めてきた様です。

戦争を連想させるモノが随所に登場してきています。

原子や数字と言ったモノもその一つです。

展示していた作品名で言うと…

ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌』(1945年)
無題、あるいは分子の騎馬像』(1952年)
ラファエロの聖母の最高速度』(1954年)
ファン・デ・エレーラの「立方体論」について』(1960年)など

 

考え…・思い…
上で挙げたどの作品も
超現実的”な絵には変わりないのですが…

でもこれらの絵には
意図的”なモノが感じられたのです。
(これは実際に絵を見て感じて下さい。)

私の中でシュルレアリスムの肝は、
”無意識”がポイントだと思っています。
でもこの頃のダリの絵は”意図的”な感じがして
純粋なシュルレアリスムには見えてこなかったのです。

 

私なりの言葉でいうなら…

…”ポストシュルレアリスム”になると思います。

(”ポストシュルレアリスム”って言葉はあるのかな!?)

ダリは”シュルレアリスム”の画家と言われていますが、
後半はシュルレアリスムを離れ、
ダリ独自の画風に進んでいったって事なのだろうと思います。

 

例えば 
テトゥアンの大会戦
(1962年)

これはダリが”遊び心”を持って描いた感じの絵です。

この『テトゥアンの大会戦』は、
今展で特に衝撃的な作品でした。

この絵はぜひ生で見てほしいですね!

 

 ・・・

『ダリ展』 …国立新美術館にて
こんな風に『ダリ展』を見終わって…

 

考え…・思い…
私なりに思うダリについて…

ダリは”クレイジーなダリ”を演出していたそうですが、
でも今回の『ダリ展』を見る限り
まったく”クレイジー”には思えないのです。

「ダリ展公式図録」

遊び心とユーモアを持った芸術家

ダリにはこの言葉がピッタリかな~と思ったのでした。

 

人は見かけで判断してはいけないとは言うけれど、
ダリの場合は作品を見れば、
真面目で几帳面な性格なんだろうな~というのが分かると思います。

・・・

国立新美術館

そう思った国立新美術館の『ダリ展』でした。

 

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